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2017/06/27

絶品のタイ料理

食べ物って素晴らしいですよね。

美味しいものを食べると幸せな気持ちになる私です。

今回は、群馬県高崎市の美味しいタイ料理店『ニパー』をご紹介させていただきます。本場のタイ料理が食べられる同店。

最近、巷ではパクチーが流行っていることもあり、タイ料理が好きになった人も多いのではないでしょうか。様々な香辛料、香味野菜を使用した複雑な味覚のハーモニーは日本料理にはない魅力のひとつと思います。

同店のおすすめは『グリーンカレー』と『空芯菜炒め』です。グリーンカレーはココナッツミルクベースとなっておりますので、好みは分かれるかと思いますが、同店の物は絶品です!!!ココナッツミルクの甘さ→香辛料の辛み→鼻から抜ける香辛料の香りと、一つの料理で様々な楽しみを感じさせてくれます。

空芯菜炒めはタイの“味噌っぽい味の大豆”(納豆のようなものかな…)で味付けされており、空芯菜のシャキシャキ感と味噌大豆の深い味わいが最高です!!!

ランチタイム限定で食べ放題も行っており、連日大変混雑しております。早めの到着をお勧めいたします。

お手々はくり~むぱんより

2017/06/21

食材に感謝

おばぁちゃんと子供が、今年もスイカの苗を買うというので、ついて行きました。

昨年、家の庭に植えてもらい、小さい頃特別なデザートの印象があった、あのスイカが庭になる不思議な感じや、スイカ割をしたりと(もちろんその後、子供が贅沢食いをしておりましたが (笑))、楽しませてもらいました。今年は、3種類の苗を買いましたので、食べ比べが出来るのではないかと楽しみにしております。

その際、自分も何か育てようかなぁと、一人でぶらぶらと苗を見ておりました。「ゴーヤは、そんなに食べないしなぁ」、「トマトも好んでたべないしなぁ」、「ナスもそこまで好きじゃないしなぁ」と 独り言をつぶやきながら、、、 結構好き嫌いが多い事に改めて気づきました。最終的に、大好きな小ねぎを種から植えることにしました。さっそく帰って、プランターに種をまこうとしたのですが、袋の裏に書いてありました「すじまき」がわかりません。もう少し素人にもわかりやすくしたら良いのにと思いながら、グーグル先生に教えて頂き何とかまくことができました。

種をまいて6日後、雑草ではない何かを確認することが出来ました。おっ!これはねぎではないか!! 間引きをした小さな“それ”から、ねぎ独特の香りを感じる事ができました。

御世辞にもマメではないない自分が、毎朝出勤前に水をあげております。その甲斐あってか、ここ最近では、立派にねぎらしくなってきました。

食べるために植えた小ねぎ。やっとここまで成長したと感情移入してしまうと、このまま成長を見届けなければと思ってしまいました。そんなことしていたら、食べ時を逃してしまいますね...。美味しく残さず食べようと思った今日この頃です。

全ての食材にその気持ちをもたないといけませんね。

上信電鉄沿線の住人より

2017/06/13

ミニカーとダイカスト(番外編)

追悼 ロジャー・ムーア

5月23日、名俳優 ロジャー・ムーア氏が死去されました。89歳でした。

ロジャー・ムーア氏と言えば、3代目007 ジェームズ・ボンド役があまりにも有名です。歴代最多の7作に渡り、諜報部員ジェームズ・ボンドを演じ、007と言えばこの人と思うファンの方々も多いことでしょう。私もファンの一人、ダンディなショーン・コネリーも、肉体派のダニエル・クレイグも良し、はたまた甘いマスクのピアース・ブロスナンも良しと優劣付け難いですが、その中でも男の色気とユーモアの双方を持つ、ロジャー・ムーアの007には子供の頃に憧れたものです。

そして忘れてはならないのが、007に登場する当時の最新技術を盛り込んだガジェットの数々。特にロジャー・ムーアの007と言えば、英国ロータス社の当時のフラッグ・シップ、『エスプリ』でしょう。1977年公開の『The Spy Who Loved Me』、邦題『私を愛したスパイ』に登場したボンドカーです。

敵に追われて海に飛び込んでしまうエスプリ、助手席で怯えるボンドガールを尻目に、落ち着いた表情でダッシュボードのスイッチを押すジェームズ、するとエスプリが潜水艇に変形して悠々と海中を移動、ミサイルを発射、見事に敵のヘリコプターを撃墜するのです。当時小学生だった私を夢中にさせた一台です。

そんなロジャー・ムーアが愛した『エスプリ』をご紹介。『私を愛したスパイ』に登場したのは、前年1976年に発売されたエスプリ シリーズ1、もちろん実車は潜水艇にはなりません(笑)。

写真は左上より昨年コンビニで購入したアメリカはマテル社・ホットウィール製、右が1979年製の日本のトミカ、一番下の左から、古いボロボロな1970年代英国コーギー社のサブマリン仕様、缶コーヒーBOSSのおまけのサブマリン仕様、コーギー社の『007仕様』とパッケージにありながら、エスプリシリーズ3だった謎のミニカー、そして中央左は『ユア・アイズ・オンリー』に登場した無謀にもスキー場に登場したエスプリシリーズ2(映画上ではあまり活躍しませんでした)です。ルーフにちゃんとスキー板が載っています。 こうやってミニカーを眺めるだけでも、その映画の名シーンが蘇ります。この先も手に取る度に、ロジャー・ムーア氏のあの笑顔が思い出される事でしょう。ご冥福をお祈りいたします。

ロータスの おぉ神様!!より

2017/06/05

重圧からの解放

群馬県出身の女子プロゴルファー、青木 瀬令奈選手、ついにツアー優勝しましたね。(6/2~6/4 ヨネックスレディスゴルフトーナメント)

おめでとうございます。

女子ゴルフは注目して観ているのですが、実力はあるのに二日目まででペースダウン、最終日に伸ばせず勝てない…っていう若手選手が結構います。青木選手もその中の一人かな~、と感じていましたが、大変失礼致しました。

残念だったのは地上波放送がなかったこと。BSでの放送だったんですね。日曜の午後にテレビはつけてみたのですが地上波ではやっていませんでした。次回はぜひ、地上波放送があるときにお願いします。年間複数回優勝目指してがんばれ~。

格は全然違いますが、先日行われた協力会社含めた秋葉のゴルフコンペで見事と言うよりも無事、優勝しました。無事、と書いたのは年間ラウンド数とハンデのアンマッチです。ゴルフに行っている割にはハンデ持ちすぎなのに本番に弱いのですね。変に重圧がありました。

今回の優勝でハンデががつり減りまして18になりました。90でパープレーということになりますね。自己ベストは…91です。しばらくアンダーでまわるのはきついかなぁ。

なおてぃんより

2017/05/29

のりものが好きである

私の実家は代々農家である。

父親が農家を出来なくなり早5年、父親の農機具をだましだまし使って米だけは作り田んぼを継続してきたが、いよいよトラクターが故障し継続の危機となった。それも繁忙期直前の故障で田んぼの草は生え放題となり、田植えに備えなければならない時期にこれは痛い。

クラッチは数年前から張り付いたまま、オイル漏れは激しく、エンジンもキーでは止まらなくなり、極めつけはエンジンが掛からなくなってしまった。それでも農業の収入では業者に依頼し修理する事は難しく、自ら修理できる所は修理してきたがいよいよ私の心が折れた。

父親が15年前に30年落ちの中古を購入した代物なので私より先輩であるトラクターに敬意を示し、農業は続けると決心。

20年落ちのトラクターを購入した。

まさか自分でトラクターを購入する日が来るとは夢にも思っていなく、トラクター探しは困難でしたが、比較的綺麗で作業時間216hと非常に少ない個体を発見。20年落ちの車と言うとユーノスロードスターがNA型からNB型へ変わる時期なので、何となくまだ最近の車なイメージがあるのでまだまだいけると勝手な判断でした。

久しぶりに車両を購入するにあたりワクワクしながらトラクターを調べ、納車の時にはオートバイを買った時のような喜びを覚えました。

好きなんだなー

と改めて実感してしまいました。

両輪で鼓動より

2017/05/01

ミニカーとダイカスト 第二回

第二回 繁栄と滅亡、そして新生①

そもそもミニカーとはいつ頃からダイカストとなったのか?そもそもの又そもそも、自動車のモデルというものは、いつ頃この世に生まれたのか? 答えは当たり前の話ですが、はっきり言えるのは、自動車が生まれた後だと言う事は確かでしょう。(笑)その昔、馬車に代わって蒸気機関車が走るようになり、その後自動車が生まれます。初期の自動車と言えば、車体とエンジンを自動車メーカーが製造し、その上にボディのコーチビルダーがオーナーの意向を反映させた豪華絢爛なボディを載せ、馬具や馬車の内装を手掛けていた職人さんたちが、丹念に作りこんだ内装を施した、一品一様の自動車でした。お城を持っているような方々の、自分の地位を誇らしげにひけらかすための乗り物だったのですね。その職人さんたちはその後、自動車が大量生産されるようになると職を失うのですが、一部の腕の良い職人は、その後、ハンドバックなどを製作し、今でも女性が憧れる一流のブランドとして名をはせています。そんな一品一様の自動車の時代には、ミニカーなど存在しません。あったのは薄いブリキの板を曲げ加工した、車種不明の自動車模型です。

ようやくダイカストのミニカーが世にデビューするのは、1915年アメリカと言われています。亜鉛ダイカスト製のフォード モデルTであったとされています。モデルTは皆さんご存じの通り、ヘンリーフォードにより世界で最初に大量生産された乗用車です。1908年に実車が発売されたこのモデルT、ミニカーはその7年後に登場しています。解りますか?イメージできますか? そうです、最初にミニカーを欲したのは、やはり子供たちなのです。『お父ちゃん、お父ちゃんの乗っている車のおもちゃが欲しいよぉ』なのです。街で見かける自動車のおもちゃが欲しいのです。そうした要求に応えるべく、自然発生的にミニカーが登場します。それも、モデルTの部品に採用された大量生産の手法、ダイカストを用いて。

さて、その後欧州にもダイカスト製のミニカー製造技術は拡散します。1932年にはフランスからソリド、その後イギリスのディンキー、ドイツのメルクリンといった、今もブランド名の残るメーカーが、ダイカスト製のミニカー生産に移行します。先行していたのは子供たちの憧れの的であった鉄道模型でしたので、当初は鉄道の模型の添えモノ、として誕生しました。必然的に鉄道模型の規格サイズ、1/43~1/45に合わせて製造されたことが、ミニカーの世界統一規格、1/43の原点となる訳です。

当初のミニカーはダイカスト製のシャーシとボディ、それから車輪というシンプルな部品点数でしたが、1950年に入ると、各メーカーはこぞってリアリティを追求します。初めてミニカーに透明なプラスチック製のウィンドウを装着したのは、イギリスのコーギーと言われています。その後は内装の追加、ドアやボンネットの開閉ギミックなど、自動車同様、ミニカーも進化し続けます。

ところで、日本製のミニカーは一体いつ頃生産されるのか?答えは1959年(昭和34年)、旭玩具製作所が国産第一号のダイカスト製のミニカーを製作販売しています。当時の旭玩具の社長が、昭和34年春に欧州に玩具市場の動向を視察に訪問した際、欧州でのミニカーの盛況ぶりに驚き、戻るやいなや同年秋に発売に至っています。第一号はトヨペット・クラウンでした。 と、ここで驚愕の事実があります。春に視察、海外ミニカーのサンプルを研究、実車の研究・測定、図面作成、金型製作、試作・修正・量産トライ、量産開始、仕上げ加工、塗装、部品確保、組立・梱包 までを概ね6カ月間で行ったことになります。 今の我々にできるでしょうか?しかも当時はCADもマシニングも、メーカーからの実車データの支給もありません。図面はドラフターで手書きでしょう。(ドラフターってのもあったのですか?)金型は4方向スライド、下手をすると分流子スライドです。当時の人達の技術力と集中力に驚かされます。いったい金型はどちらで製作し、どちらで鋳造されていたのでしょう?文献を調べても、NETで調査しても見つかりません。旭玩具さんはミニカーを製作する前に東京都内でブリキの自動車などを製作していた様ですので、プレス型、絞り型のお付き合いの関係で金型を利用したダイカストを選択したのではないかという説もあります。おそらくプレス型はプレス用の亜鉛合金だったのでしょう。この辺りも日本のダイカストの歴史として、早めの調査が必要かと思われます。当時を知る人たち、語るひとたちは、もう数少ないと思いますので。

もうひとつ、日本のダイカストの初めては1917年とされています。対して日本で初めてのミニカーのダイカストは1959年ですので、実に42年間もかかった事になります。子供たちの手にミニカーが渡るまでに、いかに日本が暗い時期を迎えていたかが、この時間の隔たりを見ると解ります。第二次大戦という辛く悲しい時期を過ごし、その後の高度成長期、1950年代は3C時代です。カラーテレビ・クーラー・そしてカー(自動車)が、一般家庭に普及し始めたまさにその時、日本の子供たちは一斉に口をそろえて、『お父ちゃんの乗っている車のおもちゃが欲しいよぉ』『街で走っている自動車のおもちゃが欲しいよぉ』と言い始める訳です。それはアメリカの子供たちが同様のおねだりをしてから、実に44年が経過していたのでした。

追伸 国産第一号のミニカー トヨペットクラウンの当時の販売価格 1台 240円(1962年カタログより)当時の大学卒、初任給17130円/月、コーヒー1杯60円、ちょっとせがまれたから、はいはい、買ってあげるよって言うレベルのミニカーでは無かったのかなぁ。って、それよりコーヒーって、高かったのですね。

写真は常に先端技術を追いかけていた英国コーギー社のミニカー、透明プラスチック製のウィンドウや内装の表現、ドアやボンネットの開閉など、その後のミニカー業界のスタンダードとなった。

手前のミニは当時流行りのジュエルライト(プラスチック製のダイヤモンドのようなカットがされた部品)を装備、奥のカマロは何と、レバー操作でタイヤの脱着が可能(笑) いずれも1/43スケール

1959年(昭和34年)日本製のミニカーとして国内で初めて販売されたモデルペット。1/43スケール。№1はこのクラウンでした。ダイカスト製の一体ボディにブリキのシャーシ、内装は無く透明プラスチック製のウィンドウのみのシンプルな構成。61年には内装が追加されているので、このオンボロモデルは初期のものと思われる。ちなみに写真の標識もモデルペット製、驚いた事にこの標識もダイカスト製である。

こちらは同じくモデルペット№2クラウンマスターライン 1/43スケール。当時は海外製モデルと比較してチープという評価だったらしいが、今見ると味があり、当時の技術者のレベルの高さがうかがえます。

ロータスの おぉ神様!!より

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