2026/08/25
GUNMA PASSPORTと巡る旅 東部編【後編】
GUNMA PASSPORTを携えて巡る東毛の旅。
後編は、太田市からスタートです。
〇太田市へ
次に向かったのは太田市。
スタンプポイントは「道の駅おおた」です。
ここも太田市の中心部からは少し離れた場所にあります。
太田市といえば、群馬県を代表する工業都市。
そして、なんといっても「SUBARU」の町として有名です。
そんな太田らしさを感じられるものが、ここにもありました。それが……
スバル360です。
小さなボディに丸みを帯びたデザイン。
今のSUBARU車とは全く違う姿ですが、どこか愛嬌があります。
そして、その隣に展示されていたのが、ラビットの幻の3輪版「RS-3」。
これは初めて見ました。
ラビットといえば、戦後の日本で一世を風靡したスクーター。
その3輪モデルがあったとは知りませんでした。
子どもの頃、工場見学に行ったことがあります。
当時は工場の中で作られていく車を見て、子どもながらに憧れたものです。
〇大泉町、ちょっと異国の雰囲気
太田市の次は、お隣の大泉町へ。
大泉町は、群馬県内でも特に外国にルーツを持つ人が多く暮らしている町として知られています。
特にブラジルにルーツを持つ方が多く、実際に街を走ってみると、外国にルーツを持つ方を見かける機会も多く、
「ここは群馬だけど、ちょっと違う雰囲気があるな」と感じました。
大泉町には大手企業の工場も多く、工業が盛んな地域。
その産業を支える人たちの中には、外国にルーツを持つ方々も多くいます。
単純に「外国人が多い町」というだけではなく、工業都市として発展してきた歴史と、そこで働く多様な人たちによって形成された町。
実際に訪れてみると、そんな大泉町の一面を感じることができました。
〇千代田町へ
続いては千代田町。
スタンプポイントは、光恩寺というお寺にある「長屋門」です。
日本初の女性医師として知られる、荻野吟子生家の建物なのです。
荻野吟子は、埼玉県熊谷市妻沼の出身。
明治時代、女性が医学を学ぶことすら非常に難しかった時代に、医師を目指した女性です。
現在では「日本初の女性医師」として知られています。
その荻野吟子の生家にあった長屋門が、現在の場所に移築されているとのこと。
今では合格の門としてお参りに来る方も多いようです。
ちなみに、今NHKの朝ドラでは、日本初の看護師(看護婦)をモデルにした物語が放送されています。
そのうち荻野吟子をモデルにした朝ドラが作られる日も来るかもしれませんね。
そんなことを考えながら、次の目的地へ向かいます。
〇ここまで来たら「利根大堰」へ
千代田町まで来たので、もう少しだけ足を延ばしてみることにしました。
向かったのは利根大堰。
群馬県と埼玉県の県境付近を流れる利根川に設けられた大きな堰です。
この辺りまで来ると、利根川のスケールに圧倒されます。
川幅がとても広く、堤防もかなり高い。普段、県央で見ている川とは明らかに違う景色です。
「これが利根川か」と思わず眺めてしまいます。
利根大堰は、首都圏の水道や農業用水などを支える重要な施設。
特に東京都や埼玉県など、多くの地域の水を支えています。
そして、ここでも……。
ダムカードならぬ、堰のカードをいただきました。(平日のみ)
カードを集め始めると、こういう場所を見つけるたびに寄り道したくなります。
上から(横からですが)見ると、利根川を横断する大きな堰の全貌がよく分かります。
これでGUNMA PASSPORT東部エリアのスタンプがすべて揃いました。
群馬県に住んでいても、知らない場所、行ったことのない場所がまだまだたくさんありますね。
三県境のような珍しい場所。
伊勢崎、前橋を含めて、これから回る?であろう西毛地域の絹産業、桐生の織物。
太田の自動車産業。大泉の多文化共生。荻野吟子の歴史。
そして、利根川や渡良瀬川のような大きな川と、それによって育まれてきた地域。
「まだ知らない群馬へ連れて行ってくれるパスポート」のようにも感じます。
しかし、まあまあ時間がかかります。
東部編で要したのは3日。東毛地域は、観光協会的なところが多く、時間制限も考えて動かないと時間切れにもなります。
さて、次はどのエリア?。
まだまだ、群馬の旅は続きます。
No.258より
2026/08/17
GUNMA PASSPORTと巡る旅 東部編【前編】
GUNMA PASSPORTを携えて、いよいよスタンプを集める旅へ。
せっかく当選したのに、そのまま大切に保管してしまっては、外れてしまった方にも申し訳ない。
この機会にGUNMA PASSPORTを持って、まだ知らない群馬を巡ってみよう。
ということで、
最初に向かったのは、群馬県の東部。群馬では東毛とも呼びます。
「鶴舞う形の群馬県」の首から頭にかけての地域ですね。
県央に住んでいる私にとって、東毛地区は普段あまり馴染みのない場所です。
まず目指したのは板倉町。
ここには、以前から一度行ってみたかった場所がありました。
それが「三県境」です。
〇まずは邑楽町「シンボルタワー未来MiRAi」
板倉町へ向かう途中、まず立ち寄ったのが邑楽町。
ここでスタンプを押せるのが「シンボルタワー未来MiRAi」です。
高さ36mのタワーで、入館料は100円。
せっかくなので、上まで行ってみることにしました。
階段で登ることもできるのですが、スタッフの方から、「暑いですよ」と一言。
素直にエレベーターを選択。
最上階まで上がると外に出ることができ、風に当たることができます。
〇館林市は「つつじが岡公園」
次に向かったのは館林市。
スタンプポイントは、つつじが岡公園の敷地内です。
館林といえば、やっぱり「つつじ」。
つつじが岡公園は、ツツジの名所として知られる広大な公園で、城沼という湖に面しています。
春には色とりどりのツツジが咲き誇ることで有名ですが、城沼を中心とした水辺の景色も魅力的です。
今回はスタンプを押して次へ。
こうして東毛地区を走っていると、平地と水辺が多いことに気がつきます。
〇板倉町、そして三県境へ
そして、板倉町。
この周辺には、ラムサール条約湿地に登録されている渡良瀬遊水地があります。
群馬、栃木、埼玉、茨城の4県にまたがる、日本最大級の遊水地です。
広大な水辺とヨシ原が広がり、東毛地区を代表する自然豊かな場所。
そして今回のお目当ては、もちろん「三県境」です。
三県境は、お隣の埼玉県にある道の駅から歩いて数分。
田んぼの中にある小さな用水路に囲まれた場所に、三県境を示す標識があります。
実際に行ってみると……
県境感はほとんどありません。
山があるわけでも、大きな川が流れているわけでもない。
普通の田んぼの中です。
でも、これが面白い。
標識を中心に、
群馬県から一歩、栃木県へ。
さらに一歩、埼玉県へ。
そしてまた群馬県へ。
なんと「三歩で三県」を歩いて回ることができます。
以前から一度来てみたいと思っていた場所だったので、今回の旅で訪れることができて満足です。
〇明和町「駅前プラザメイちゃん家」
続いては明和町。
東武伊勢崎線の川俣駅西口にある、駅前プラザ「メイちゃん家」でスタンプを押すことができます。
ここでスタンプを押していると、スタッフの方から声をかけていただき、少しお話をしました。
そこで聞いたのが、
「奈良県や大阪府からもGUNMA PASSPORTのスタンプを押しに来た方がいましたよ」という話。
奈良、大阪!
思っていた以上に遠いところから参加している人がいることにびっくり。
群馬県内を巡るスタンプラリーですが、県外からもわざわざスタンプを集めに来る人がいるんですね。
こういう旅先でのちょっとした会話も、スタンプラリーの楽しみの一つです。
〇桐生市は、かなり山の中へ
次は桐生市。
桐生市のスタンプポイントは「道の駅 くろほね・やまびこ」。
ここ、桐生市の中心部からはかなり離れています。
場所は、みどり市から栃木県の足尾方面へと続く国道122号沿い。
さらに進めば草木ダム、そして富弘美術館があります。
そのすぐ近くを走っているのが、わたらせ渓谷鐵道。
渡良瀬川に沿って山間部を走るローカル線で、車とはまた違った景色を楽しめる路線です。
わたらせ渓谷鉄道の水沼駅。
温泉もあります。
今回はせっかくここまで来たので、少し足を延ばして草木ダムへ。
ここでダムカードもしっかりいただいてきました。
GUNMA PASSPORTのスタンプを集めながら、別の「収集」まで始まってしまいました。
古くから織物産業が盛んな町で、
「西の西陣、東の桐生」と称されるほどの織物の産地です。
桐生織の歴史は古く、現在でも織物やシルク製品が生産されています。
山間部の自然とは対照的に、市街地には織物の町としての歴史が残っている。
桐生という町は、こうした「ものづくりの歴史」も魅力の一つですね。
〇みどり市・大間々へ
続いては、みどり市。
スタンプポイントは大間々町の観光協会です。
そして、その隣にちょっと気になる建物が。
「コノドント館」です。
名前からして、なんだか気になります。
残念ながら、この日は休館日。中を見ることはできませんでした。
次にこの辺りを訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄ってみたいと思います。
大間々の町を歩いてみると、造り酒屋や醤油蔵など、昔ながらの町並みも残っています。
こういう場所を見つけると、スタンプを押してすぐ帰るのがもったいなくなります。
もう一つ気になってしまったのが、醤油ソフトクリーム。
これは食べてみるしかありません。
一口食べると、まず醤油のしょっぱさ。その後からソフトクリームの甘さがやってきます。
最初は、「おお、ちゃんと醤油だ!」という感じ。
ところが食べ進めていくうちに舌が慣れてきて、醤油味はだんだん気にならなくなってきます。
最終的には普通に美味しいソフトクリームとして食べ終わりました。
高津戸峡にも寄り道
みどり市には、もう一つ気になる場所があります。
「高津戸峡」です。
渡良瀬川が長い年月をかけてつくり出した渓谷で、奇岩や断崖が続く景勝地。
車では通れない、はねたき橋があって、足が竦みそうです。
そして、高津戸ダムもあり、しっかりとダムカードをいただきました。
東毛の旅、まだまだ続く。
ここまでで、邑楽町、館林市、板倉町、明和町、桐生市、みどり市を巡りました。
同じ「東部」といっても、その景色はかなり違います。
広々とした平地と水辺が広がる板倉・館林・明和。
そこから山へ向かうにつれて、渡良瀬川、渓谷、ダム、そしてローカル線。
さらに桐生には織物の歴史があり、大間々には昔ながらの町並みが残っています。
スタンプを追いかけて走っているだけなのに、少しずつその土地の歴史や文化まで見えてくる。
これがGUNMA PASSPORTの面白さなのかもしれません。
さて、東毛の旅はまだ終わりません。
後編へ続く
No.258より
2026/08/17
リハビリ生活 ④リハビリ
退院して1週間は、片松葉杖の状態で歩きましたが、徐々に痛みは少なくなり、杖なしでも歩けるようになりました。
しかし、まだまだ充分に曲げることも出来ません。
まずは曲げることを優先にしたリハビリから。
とにかく左膝周辺が固まっているので、良くほぐすこと。
周辺マッサージをすることで、お皿の動きを良くしていきます。
ふくらはぎ、太腿の筋トレも平行して進めていきます。
退院して4日後から出社をしたので、自宅でゆっくりとはいかず、仕事の合間にマッサージと筋トレ。
自分でもびっくりするぐらい筋肉がなくなったので、いつになったらもとに戻るのか?
もう戻らないんじゃないか?と思う日々が続きます。
健康な時は筋肉を使っていると乳酸が溜まって筋肉が張り、辛くなりますが、筋肉がないと張ってくる感覚がないんですね。
なので達成感が感じられない。
で、筋トレ自体も結構地味な動きが多くて飽きもくる。
なかなか苦しい期間が続きます。
この間、外出は会社とリハビリに行くだけ。
そんな中でもあえてマニュアル車に乗ってリハビリドライブや、地元のサッカーチームの観戦を楽しみました。
重要文化財でもある、丸沼ダム。選奨土木遺産にも指定されています。
手術をして3ヶ月、主治医からは「軽く走っても良いよ~」と言われたものの、痛くて走れません。
後から思うと、この時のリハビリは膝が中心。筋トレはふくらはぎと太ももでした。
膝がある程度良くなってくると、股関節、足首が固まっていたことに気が付きます。
膝が曲がっても、足首が伸びない、曲がらない、正座ができません。
股関節もラジオ体操の身体をねじる動きで痛みが出ます。
もっと足首、股関節を動かしておけばよかったと後悔します。
理学療法士さん。ちゃんと教えて~
3+より
2026/08/03
これがあればどこへでも行ける
"県は15日、パスポート型の無料観光パンフレット「GUNMA PASSPORT(グンマ・パスポート)」の抽選に、8万2340件の申し込みがあったと発表した。"
私も、初回はスルーしたものの、入手しづらいとなると欲しくなるもの。
ただの観光案内ならこんなに人気になることもなかったと思うけど、群馬県も「なかなか良いところに目をつけたな〜」と思います。
2回目の申し込みは、申請途中で固まり、3回目も最後のところでダメ。
先着順から抽選になり、約4.1倍の中、当選しました。
今回ダメでも増刷しそうなので、「いつかは手に入る」とは思っていましたが…
早速引き取りに県庁へ。
受け取り場所は、現状、群馬県庁、東京、大阪の県事務所に限られますが、群馬に来るなら是非、次の機会に申し込みを。
と書いている間に、なんと次が決定いたしました。
10月3万部
12月3万部
だそうです。
2029年には国スポも行われます。
GUNMA PASSPORTを携えて群馬にお越しください。
私もこの夏、35市町村を巡らないと。
No.258より
2026/07/09
リハビリ生活 ③車椅子生活
翌朝、7:00、体温37.0℃、血圧105、64酸素飽和度98熟睡感は全くありません。
術後は、点滴での栄養補給なので、お腹が減ってきます。
8:00、38時間ぶりの食事はお粥でした。
おかずはお味噌汁とひじき、ほうれん草のお浸しとちょっとお肉。
お昼からは通常食になりました。食事のあと左膝内側に痛みがあり、痛み止めを飲んで対応。
10時過ぎ、着替え、ようやく刺さっていた尿管を抜くことになりました。
いよいよ車椅子での生活です。
入院前よりも体の状態は悪くなっていますが、こればっかりは仕方のないことですね。
左足は包帯とサポーターでがっちり固定されていますが、術後2日目に、サポーターと包帯を外して傷口の状態をチェックします。内視鏡の手術なので、大きな傷はなく内視鏡、局部麻酔、クリップ、ボルトの傷が4カ所です。
術後2日目から足を曲げるリハビリが始まりました。
マシンを使って1時間、曲げて伸ばしてを繰り返します。60度から始まり、翌日は65度。さらに翌日は75度。1日5度ずつ増やして行きます。
このマシンが結構重くて、台からベッドに運んで貰うんだけど、女性の看護師さんだとなかなか大変です。
このリハビリに加えて、理学療法士によるリハビリも始まります。
リハビリ室に移動して行いますが、膝周辺のマッサージ、左足全体の筋力トレーニングを行います。
この時から股関節と足首を動かしていれば…と思う訳ですが、まだそんなことを考えている余裕はありませんでした。
この病院、かなり自由度があって、必要な時以外は病室にいなくても問題ありません。
なのでコンビニに行ったりカフェに行ったり。
リハビリの帰りに毎日のように行っていました。まぁ楽しみがそのくらいしかないので。病院の中は車椅子でどこでも行けます。通常、車椅子は両手でハンドリムという車輪の外側についているリムを回して動かしますが、元気な右足を使って漕いだほうが簡単に移動できます。
1週間後、主治医から手術の説明を受けました。
内視鏡で撮影した画像や動画。中に関節部にドリルで穴を開ける動画も。
まさか自分の身体をドリルが通るなんて。膝の内側の筋を切り取って、靭帯代わりにするんですね。筋は2本使ったそうです。それを骨の中に通して、膝の上下で止める。なので、今は膝の下には2本、ボルトが入っている状態です。触ると、ボルトの頭らしき感覚がわかります。
良くない診断もあり、検査で血栓が出来ていることが判明。
エコー検査で発見され、その後CTで肺にもありました。3ヶ月間、薬を飲むことになります。
術後2週間、転院が決まります。ここの整形外科はなかなか忙しく、長くいることが出来ません。転院後の病院は、制限が多く自由度がかなり下がりました。部屋から出るのは、トイレの時とリハビリの時くらい。
ただここでは作業療法士、理学療法士によるリハビリが基本的に1日2回。
作業、理学、言語の療法士が100人ほどいるそうで、リハビリを行うのには良い環境です。
さて、術後3週間で1/3荷重が出来るようになります。リハビリでは、体重計を2つ使って左足に掛かる荷重を確認しながら足を着いて行くトレーニングを行います。術後4週間で1/2荷重。体重計の目盛りを見ながらのリハビリですが、たま〜に制限荷重を超えてしまうことも足を付いても膝の痛みは全くなく、順調に回復している様子でした。同時に松葉杖の練習も始めますが、最初は杖を付くところが安定せず、バランスを崩すことも。
一度だけ転びそうになって、作業理学療法士さんをかなり焦らせたことがあって、油断大敵です。
松葉杖の練習は、手術前に始めることをお勧めします。日によっては病院の外を歩くことも。ただ長い距離を歩くと、手のひらの皮が剥けてきます。松葉杖での階段が怖いイメージがありましたが、やってみると全く問題なし。
転院して3週間。
ようやく退院と、全荷重の許可が出ました。休みの関係で、全荷重解禁の日と退院の日が1日ずれ、退院の翌日が全荷重解禁ということで、退院した翌日に通院するという、ちょっと面倒なことになりました。
いよいよ全荷重解禁の日です。左足に全荷重を掛けると…
膝が痛い。1/3でも1/2でもなんともなかったけど、全荷重は痛い。
歩くたびに痛い。
なので、しばらくは松葉杖を使いながらの生活になります。2本ではなく、1本の片松葉。怪我をした足を挟んで左側で使うものだと思っていましたが、左足の場合は、右側で使用します。
つづく
3+より















